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不完全な自分を受け入れる。

今読んでいる本の影響で、ふとしたときに瞑想のようなことをすることが増えました。誰かに言われた心ない言葉を思い出し心がざわついたとき。誰かを責めようとしている自分に気付いたとき。目をそっと閉じて自分の呼吸に集中する。ただそれだけのことなのに、自然と心が落ち着いて来ます。

人から批判されたとき、つい自分を守ろうと言い訳をしたり、相手を批判し返そうとする自分がいます。自分の正当性を主張しようとしている。そんなことは誰でもあるのではないでしょうか。

なぜ、そのような思考になるのかと考えてみました。きっと自信がないのだと思います。自信があれば、他人に何を言われようとも、そこまで気になりません。自信がないから必死に自分のことを守ろうとするのだと思います。では、なぜ私は自信がないのでしょう?

初めは、努力が足りないからだと思いました。人に胸を張れるほど努力をしていないから、人に否定されたときに揺らいでしまうのだと。しかし、どこか腑に落ちない感じがしたのでさらに考えてみました。

すると、別の考えが浮かんできました。それは、自分は人よりも優れているという優越感があるのではないかということです。私は、小さい頃からあまり勉強には不自由せずに育ってきました。テストなどが返されたときに、人よりも良い点を取れたことを誇らしく感じていたことがあった記憶があります。

この優越感が心にある以上、本当の自信をもつことはできないと思います。優越感は自分と他者を比べることで生まれます。それは、他者の存在なくして自分を認めることができないということです。それはとても不安定なものです。

そんなときに思い出したのが、『嫌われる勇気』でした。人はそれぞれ違う方向に進もうとしていて、同じ物差しで比較することができないということが書かれていた気がします。言葉としては理解していたつもりでした。しかし、自分の自信のなさについて考えてみて、より理解が深まった気がします。

きっと私の心の中には、人よりもよくありたいという気持ちがあるのでしょう。それは向上心につながるという良い面もあります。しかし、いつまでたっても本当の自信を得ることができないという負の側面もあります。

本来、どんな人だって欠点はあります。不完全だからこそ努力することに価値があるのであり、互いに補い合って生きていくのです。不完全な自分を受け入れ、心穏やかに生きていこうと思う今日でした。

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